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正解という宗教

世の中は小さいころから大人になるまで「正解」を教えられます。

小学校から大学卒業までを考えれば、6歳~22,3歳と16年間です。

子供のころであれば、まだ色んな発想ができたかもしれませんが、
正解のある問題ばかりを16年もやっているとバカになります。
皮肉にも一生懸命に勉強することで、一生懸命馬鹿になるのです。

何故でしょうか?

「物事には正解がある」と思わされるからです。

テストには出題範囲があり、どれだけ覚えているかを競いますが…
「範囲があること」「正解があるということ」…そういった思想に慣らされてしまうからです。
僕自身も、何か物事には正解があるはずだと思っていました。

教科書は間違わないし、ニュースや報道も間違わない。
そう思ってしまいますが、本当でしょうか?

また、それは同時に「間違ったことをしてはいけない」と常日頃から思うようになり、失敗する前から「間違ってはいけない」と行動や思考を狭める要因になります。動けなくなるのです。

また、話し相手に正解を求めて、答えを相手に依存するようになります。
他人の顔色を伺うようになります。
自分の好きなことなど、発表できる余地もありません。

結果として「個性」というものが無くなりますし、十中八九、病みます。
日本の自殺率が多いのもそういった背景があります。

学校や教育という視点があると巨大すぎて気付かなかったかもしれませんが…あまりにも思想を統一させられるという点でカルト宗教と構造が同じだと思いませんか?

学校教育やテストにおいて正解は神様です。
それで、点数が出ますからその点数や偏差値で人間をランク付けするようになります。

「良い大学」でランク付け
「良い会社」でランク付け…

そうやって社会のカースト制度を作り出してしまうのです。

近年の教育においては、「答えの順番」まで決められているそうです。
例えば解答が「5,4,3,2,1」だと×で、「1,2,3,4,5」と書かないといけないそうです。
「1,3,5,2,4」でも良いじゃありませんか?

答え方の統一も最近ではちらほら見かけますね?

考え方、答え方まで統一され、個性が消されてきました。
また、型にハマれない人間は叩かれてきました。

しかしながら個性を消されれば、別にその人である理由が無いのです。

僕は障がい者に生まれています。
それだけでも人と違うのですが、何かしら人と違うことをやると怒られます。
それでも「空気が読めない」と言われてきたり、普通の中学高校に通っていたので心無い人からは「障がい者」と呼ばれたりもしました。

他人と同じになったほうが良いのかなと思い始めたのは大学に入ってからでした。

何とか、周囲と同じようにしようと頑張りました。クラブに所属して、特にやりたいことがあるわけでもなく、何かを探して一緒にやろうとしました。でも、どう頑張っても「他人と同じになる」ことは無理でした。

他人と同じ自分は、「自分が居ない」のと同義です。
「自分は必要じゃないんだ」と考え始めます。

やりたくもないことをやるために生きるようになります。
何の為に生きているんだろうという空虚な気持ちが沸きますが、できた暇でテレビを見たりゲームをしたりして空白を埋めます。何かと与えられたものを消費することで、自分の空虚な空間を埋めます。
それが本当に幸せなのでしょうか?

自分が創りたいものを、自分の個性で表現できたほうが良くないですか?
絵でも、歌でも、モノでも、哲学でも良いわけです。

最近、バズったTweetをタイムラインでたまたま見ました。

この人が言いたいことも理解できてしまいます。
確かに違ったことをやると怒られて、他人の目をびくびく気にしながら生きていると誰だってこうなります。
だからこそ5000もリツイートされ、1万以上も「いいね!」が付くのです。

それでも他人と違う自分を肯定してくれる環境があって、各々が自分の好きなことをやっていける社会になって欲しいと思うのです。
子供も大人も等しく、自分の個性を生かして、生きやすい世の中を作っていきたいわけです。

今の時代に生きづらさを感じている人は多いと思います。
生きるための敷居が高いと思っている人は、社会が創り出した幻想を見せられている可能性が高いです。

「必ずしも正しい」という正解は幻想です。
ランク付けは幻想です。

誰かの価値観でしかないのです。

あらゆる価値観は、常に誰かが創り出します。
その価値観は昔は存在しなかったものです。

善悪論を排除し、この価値観は誰の得になるのだろうか?とフラットに考えてみることが大事です。
正解はありませんが、紐解いて考えていくことで色んなものが見えてきますし、生きる敷居もどんどん低くなります。

昔の寺子屋が、子供の生業を教えたり「生きることとは何か」を説いたように、鬼の子寺子屋でも上記のようなテーマを問いかけます。「何があっても、答えがなくても」「自由自在に考えることができて、自分の好きな事を生業にできる考え方」を教えていきます。

ここまで書いてきたことで何か感じるものがあったのなら、鬼の子寺子屋はその門戸を開いていつでもあなたを待っています。

8月に夏休みが始まる学校も多いと思いますが、今年のコロナ騒動で休校や学習スタイルにお困りの方も、いつでも公式ホームページから問い合わせをお待ちしています。もちろん、Facebookでもお声がけいただければご相談に乗ることができます。

8月も鬼の子寺子屋ではイベントを実施しています。

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