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宮嶋悠希子(ゆきこ)先生の紹介!

皆さん、はじめまして!

鬼の子寺子屋のゆきこ先生こと、宮嶋悠希子です。

わたしは、日本から”普通”という常識をなくすために
貴大さんとこの寺子屋を立ち上げました。

神奈川県横浜市。

そう聞くと、洗練されたオシャレな港町のようなイメージがあるかもしれませんがわたしは、横浜の、田んぼや畑に囲まれた静かな田舎で育ちました。

夕方になると、お豆腐屋さんや焼き芋屋さんの音楽が聞こえてきたり。

家の近くの水路で、さきイカでザリガニ釣りができたり。

わたしが生まれ育った新羽(ニッパ)という町は、こんなのどかな町でした。

そのせいかわたしは、自然や動物が好きな、ちょっと変な子に育ちました。

どんなふうに変かというと…

カラスの鳴き声をまねして、カラスと会話しようとしたり

山の上をはだしで歩いたり(笑)

大人になった今でも、こんなことをしている変な人です。

さて、【変】とはどういうことでしょうか?

インターネットで調べると、こんなふうに出てきましたよ。

1.事態が移り変わること。変化すること。
2.急に異常な事態の起こること。また、その事態。
3.普通と違っているさま。ようすがおかしいさま。

世間から見たわたしは、まちがいなく3番ですね(笑)

普通の人たちと、考え方や行動が違うから変=おかしいって言われるんですね。

いちばん最初にわたしが、自分は【変】なんだと自覚したのは
小学校高学年でのイジメと、担任の先生のことばがきっかけでした。

小学校の時に図工の時間ってありましたよね。

図工の時間に使う材料といえば、例えば段ボールだったり発泡スチロールだったり。

わたしの家がお寺なせいか資材が多く、図工の材料になるものがたくさんありました。

ある時の、図工の時間。

クラスのみんなに「うちにはたくさん材料があるからそれをみんなと分け合って使えたらいいな」と思って、大きな紙袋いっぱいに発泡スチロールなど詰め込んで学校に持っていきました。

クラスのみんなは、喜んで使ってくれました。

ご両親が忙しく、図工の材料などをそろえることが中々難しい家庭の子もそれなりにいたからです。

しかしその日の終わりのHRの時間。

担任の先生から名指しで怒られてしまいました。

「植野さん(旧姓です)。家に材料がたくさんあるからって、それをみんなに、自慢して見せびらかしたりするのは嫌みったらしい人として最低の行為です」

……何を言われたのか理解できず、頭が真っ白だったのを覚えています。

そしてその後、カーッと恥ずかしくなりました。

自慢なんて、そんなつもりじゃないんです。

ただ、みんなと分け合いたかっただけなんです。

そう言い返したかったけど、学校では大人は先生しかいません。

子どもにとって、先生の言う事は絶対です。怖くて言い返せませんでした。

わたしは無言でうつむきながら、自分のしたことって、まわりから見たらそんなふうに捉えられるんだ。

わたしは悪い事をしたんだと思い込み、とてつもなく落ち込みました。

それがきっかけになったかどうかは、正直覚えていませんが。

その後、クラスメイトによるいじめが始まりました。

いじめと言っても、過激なものではなく…仲良し女の子グループから外され、無視されたり陰口を言われる程度でしたが、小学生だったわたしにとっては衝撃的な出来事でした。

「わたしは変だから先生に怒られて、イジメられたんだ。変で、目立つとダメなんだ。普通にならなきゃ、みんなに溶け込んで自分をなくさなきゃ」

そんな焦りと強迫観念を抱えたまま、小学校を卒業しました。

中学校は、地元を離れ私立の学校に入学しました。

新しい環境では、がんばって普通の人になろうとしました。

みんなが見ているテレビ番組を見て、面白くもないのに面白かったと言って、みんなが好きな芸能人を調べて、好きでもないのに好きと言って、自分にウソをついて周りに合わせれば、世の中をうまく渡っていける。

世渡り上手とは、自分にウソをつくのがうまいことだ。

と、わたしはその時気づきました。

同時に、絶望もしました。

その頃のわたしは、毎朝、毎朝満員電車に乗って通学していました。

わたしは満員電車が大嫌いでした。まぁ、好きな人はいないと思いますが(笑)

満員電車の、まるでお通夜のような異様な静けさ、殺伐とした空気。

どよんと死んだような目か、あるいはキッときつい目をした大人たち。

すこし体がぶつかっただけで、チッと舌打ちしたり睨みつけてくる大人たち。

大人とは、子供からみれば、未来の自分たちのすがたなんです。

自分にウソをつき続けて世の中をうまく渡った結果が、こんな大人になることなのか。

それに気づいたわたしは、真っ暗闇のなかへ、真っ逆さまに落ちていくように、絶望して気力を失いました。

なんのために、がんばって普通になるのか?

普通の人生…学校へ行って、大学へ行って、いい企業に就職する。

普通の人はそれが安定したいい生活だというけど、わたしには、自分の命を使ってまでしたいことにはどうしても思えなかった。

わたしは、安定した企業に就職するより、もっと他にやりたいことがたくさんある。

みんなが好きなお笑いテレビを見るより、動物のドキュメンタリー番組のほうが面白い。

みんなが好きな芸能人より、動物や自然とのふれあいが好き。

森の中で大声で歌ったり、宇宙の謎を考えたり、自分の心ってからだのどこにあるのか考えたり

そういう時間が何より楽しくてわくわくした。

自分が本当にワクワクする時間って、”普通に生きたら” 死ぬまでの間に一体どれくらいあるんでしょう?

興味があることだけに熱中して生きたらいけないんでしょうか?

好きなことに没頭して生きる人。

そういう人のことも、日本では【変な人】と呼びます。

実は、変とは、個性があるということなんです!

個性を殺すいまの常識、教育。

こんなものが今後の日本で続いていったらどうなるでしょうか?

日本は、どんな国になるでしょうか?

学生の頃、普通になろうとして挫折して絶望したわたしもいま、自分が【変な人】であることに誇りを持っています。

堂々と生きてます。

そんなふうになれたのは、人生で師匠と呼べる素晴らしい方々とのご縁に恵まれたからです。

だから、もしわたしと同じように

・普通をおかしいと思っている人

・今、生きづらさを感じ、苦しんでいる人

・自他ともに個性を大事にしたい人

そういう方がいたら、縁を結びたいと思っています。

日本中が、普通を基準に生活しているから、誰かと自分を比べたくなるのです。

わたしは、普通という、誰が決めたかもわからない、一部の人にとって都合がいいだけの価値観を押しつけてくる今の日本の常識のほうがよっぽどおかしいと確信しています。

断言します。

普通に生きられないことで…

みんなと違って変であることで…

あなたが、罪悪感を感じながら生きる必要なんか

これっっぽちもありません!

変、とは、変化という意味もあります。

あなたが自分を変だと思って悩んでいるなら、どうか誇りをもってほしいのです。

あなたは日本に”変化”をもたらす人なのです。

鬼の子寺子屋でわたしたちはそれぞれの個性を伸ばし、人生を好きなように生きる人たちを増やします。

鬼の子寺子屋での学びが日本をワクワクする人たちでいっぱいにする変化をもたらすと確信しています。

さぁ、子どもも大人も一緒にあなたの個性をぶっちぎりで伸ばす鬼の子寺子屋秘伝の書【鬼の巻】を学びながら

好きなことに没頭するワクワクした人生を送りましょう!

鬼の子寺子屋でお待ちしていますね!

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